東北大学大学院医学系研究科環境医学分野 100年の歴史を受け継ぎ,フェロトーシスのその先へ
生化学 (2026) 第98巻第4号 pp. 630‒631 寄稿
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2026.980630/data/index.pdf
2026年4月、東北大学大学院医学系研究科の環境医学分野に教授として着任し、新しい研究室をスタートしました。まだ立ち上げたばかりで、研究室の仕組みも研究テーマもメンバーと相談しながら一つずつ形にしているところです。今回は、私たちの研究室がどこから来て、これからどこへ向かおうとしているのかをご紹介したいと思います。
私は臨床医として勤務しながら、腎臓病、高血圧、尿毒素、腎臓と腸内細菌叢の関係などを研究する中で、さまざまな病気の背景にある酸化ストレスに興味を持つようになりました。その頃に出会ったのが、「フェロトーシス」という細胞死の概念です。フェロトーシスは、鉄を介した脂質の過酸化によって起こる細胞死です。2020年から2026年3月までは同領域の研究を世界的に牽引するドイツのヘルムホルツセンター・ミュンヘンのMarcus Conrad教授の研究室でフェロトーシスの制御機構と創薬応用を研究しました。特に、ビタミンKによるフェロトーシス抑制機構や、制御分子であるGPX4やFSP1などを標的とした創薬研究を進め、Natureをはじめとする国際誌に成果を発表する機会にも恵まれました。留学中は、異なる背景を持つ研究者が率直に議論し、面白いと思ったことをすぐに試す環境から、多くのことを学びました。この経験は、これからの自らの研究室にも生かしていきたいと思っています。
フェロトーシスの制御軸に関わる、「鉄・酸素・脂質」はいずれも生命に欠かせない一方で、この三つはいずれも脂質過酸化の要因でもありその制御バランスが破綻すると、細胞を死へと向かわせます。つまり生きるために必要なものが、同時に細胞死の引き金にもなり、我々生命は常にそのリスクを制御系で抑え、恒常性を維持することで、一見当たり前に生きています。この生体恒常性がいかに保たれ、そしてその破綻がどんな病気をおこすのか、そしてそれらを標的とした治療応用を目指しています。例えばフェロトーシスは、がんでは積極的に誘導することが新しい治療戦略になる一方、臓器障害や神経変性疾患では抑えることが治療につながる可能性があります。つまり、同じ細胞死でも、病気によって「起こしたい場合」と「止めたい場合」があります。このスイッチを自在に制御できれば、これまでとは異なる治療法につながるかもしれません。
もちろん、研究対象はフェロトーシスだけではありません。「レドックス・細胞死・病気」をキーワードとして、レドックス生物学に関わるさまざまな現象や、まだ名前すらついていない細胞死や細胞事象の仕組みにも目を向け、生命科学の未踏領域を開拓したいと考えています。また、私自身が臨床医として患者さんを診てきた経験を生かし、基礎研究と臨床の知識を行き来しながら、外的ストレスや内的ストレスとヒトの健康と病気への関係をより深く理解していきたいと思います。環境医学分野のルーツは、東北大学医学部で100年の歴史を源流とする衛生学講座にあります。私たちはこの伝統を受け継ぎながら、「外的及び内的環境がヒトの健康や病気にどのような影響を与えるのか」を、分子から個体までつなげて理解したいと考えています。
新しい研究室には、研究テーマも研究室の文化も、これから集まるメンバーと一緒につくることができます。医学に限らず、薬学、農学、理学など、多様なバックグラウンドを持つ方々と研究を進めたいと思っています。「細胞はなぜ死ぬのか」「酸化と還元のバランスをどう制御できるのか」「基礎研究を治療へどうつなげるのか」といった問いに興味のある方は、ぜひ気軽に声をかけてください。
